2026年2月 エジプト旅行記 vol.6 アスワン・アブシンベル編|金沢通訳ガイド

船はアスワンに到着。

カイロからアスワンまでは約870km。
東京〜広島くらいの距離。

ナイル川の寄港地にはクルーズ船がずらりと並び、
なんと縦列駐車状態。
この日は5隻横並びで停泊していて、
他の船の中を通って自分の船に戻るという不思議な構造。

下船してバスに乗り込み、アスワン観光へ。
今日は特別長い1日になりそうだ。

みどころ① 「ナイルの真珠」フィラエ島のイシス神殿

イシス神殿のある小さな島・フィラエ島までは
船で約5分。
たくさんの船が行き交う。
早朝のナイル川の風が気持ちいい。

イシス神殿は「ナイルの真珠」
と称えられた島フィラエ島に立つ美しい神殿。

アスワン・ハイ・ダム建設によって
水没の危機に瀕したが、
ユネスコの救済プロジェクトにより
神殿ごと移設された。

元のフィラエ島は水の底へ。
現在のアギルキア島が「フィラエ島」と呼ばれている。

紀元前4世紀、プトレマイオス朝時代を中心に建設され、
古代エジプト信仰が最後まで残った場所とも言われている。

船着場近くに立つトラヤヌスのキオスク。
ローマ皇帝時代の小さな建物で、
島へ戻ったイシスの休憩所とも言われている。

キオスクからの眺め。
穏やかな景色。
ここからかつて島があったところが見える。
ここでビールとか飲んだら最高だ。

巨大な第一塔門の前には2対のライオン像。
日本の狛犬と同じく、メソポタミアがルーツとも。

イシス女神は母性の神で、ホルス神のお母さん。
その夫はオシリス神。
神殿内のレリーフにはイシスが息ホルスに授乳する姿などが描かれています。

神殿の壁面には十字のようなマーク。
古代神殿は後世、キリスト教の教会としても使われたため、
いたるところにこの印が刻まれている。

列柱室には猫がいっぱい。
エジプトでは動物は基本“半野良”。
ガイドさんから「触らないで」と念押し。
信仰の国の中で、猫たちは静かに生きている。

船に戻る前、神殿近くにあるお土産屋さんへ。

Sさんがエジプトの形をしたピアスを見つけ、
さっそくお店の人と交渉スタート。

最初は強気の値段。
そこから少しずつ、少しずつ下がっていく。

見ているだけでも面白い。

そして最後におじさんがひとこと。

「日本のペンが欲しい。」

え、そこ?笑

販促用でもらった日本のボールペンを差し出すと、
おじさん、満面の笑み。

ごめん、それもうインクないかも笑

さらに交渉は続き、
気づけばわたしはスカラベのブレスレットを手にしていた。

エジプト商人、やっぱり手強い。

でも、こういうやりとりも旅の醍醐味。

みどころ② ナミブ砂漠の中のオアシス

アスワンからアブ・シンベルまでは車で約4時間。
ナミブ砂漠の中をひたすら進む。

その間、トイレは1か所のみ。
そこを過ぎるとアブ・シンベルのレストランまでない。

周りには砂漠以外、本当に何もない。
日本とは大違いの景色。
トイレ休憩の場所は、まさにオアシスだった。

しかし、のどは渇くし、トイレは心配だし、
ドキドキの道中。

そして無事アブシンベルに到着。
観光の前に神殿近くのレストランで昼食です。

ここはヌビア地方。
スーダンとの国境近く。

ヌビア地方独特の建物のレストランで昼食。
このあたりの人たちは、とにかくのんびりしているらしい。
エジプト全体も、だいたいそんな空気だ。

みどころ③ ヌビア名物モロヘイヤスープとタジン


エジプト料理定番のモロヘイヤスープ。
かなり油っぽくて、エジプトに来て初めてお腹が調子が・・・。
もっと食べたかったのに残念。

ヌビアではモロヘイヤの消費がオ多く、
クミンを使うのが特徴。

メインはチキンのタジン。
タジンって初めて食べた。
やけどしそうなほど熱いけど、
お肉がすごく柔らかくて美味しい!
これはうちでも作ってみたい。

平べったいパン・ピタパンは
大抵どの食事にも出てくる。
そのままでもいいし、
パンの中にチキンとか入れてサンドイッチ風にして食べる。
6000年の歴史があるというから驚き。

そして、ここで初めて
イスラム教徒がお祈りしている姿を見た。

1日5回、祈りを捧げる人たち。
小さな敷物を外に敷き、静かに祈る。
ここだけ空気が違う。

彼らにとって信仰は、生活の一部なのだ。

さて腹ごしらえの後は、
いよいよアブシンベル神殿観光です!

みどころ④ アブ・シンベル神殿 世界遺産はここから始まった

この日が来た。

世界遺産という概念が生まれるきっかけとなった場所、
アブ・シンベル神殿。

アスワン・ハイ・ダム建設によって、
湖の底に沈むはずだった巨大神殿。
それを巨大なブロックに切断し、
約5年かけて移築した。

このユネスコ主導の救済プロジェクトが、
のちの世界遺産条約へとつながっていく。

世界遺産検定で学んだ原点の地に、
じぶんはいま立っている。

神殿への道を一歩ずつ近づくたび、
胸が熱くなる。

そしてその姿が目の前に現れた。

本当にエジプトに来たんだ。
子どもの頃から夢見ていた遺跡が、
いま目の前にある。

涙が止まらなかった。

嬉し涙で前が見えず、
そばにいたガイドさんに抱きついて泣いた。

無理だと思っていた。
でも、あきらめなかった。

その先に、いまこの景色がある。

砂漠の岩山を掘り抜いて造られた大神殿。
建築王ラムセス2世の圧倒的な存在感。

メディアで見るより実物は小さく感じることが多いけれど、
ここは違う。

度肝を抜く大きさ。

なぜ、ここまで巨大にしたのか。

それは、ヌビア地方というかつての脅威に対し、
エジプトの国力を誇示するためだった。

完成は紀元前1250年頃。
3000年以上前の建築。

長い間砂に埋もれ、19世紀前半に再発見された。

乾燥した大地だからこそ、
何千年も前の遺跡が、いまもこうして残っている。

入り口の壁面には、
縄で縛られた捕虜のレリーフ。
力の象徴。

大列柱室には、オシリス神の姿をした
ラムセス2世像が並ぶ。

そして柱の後ろには、
敵と戦うファラオの姿が
レリーフに残されている。

まさに、ここはラムセス2世を讃える博物館。

最奥の至聖所には4神が祀られている。
右から2番目に座るのがラムセス2世。

神と肩を並べる王。

その自己表現の大胆さに、ただ圧倒される。

そして年に2回、この部屋に太陽が差し込むように
設計されている。

元々がそういう作りだったので、
移築されたときもそうなるように計算された。

昔も今も、人間ってすごいよ。

大神殿の隣には、小神殿。
王妃ネフェルタリと女神ハトホルに捧げられた、特別な神殿。

正面にはラムセス2世と並ぶネフェルタリ像。

古代エジプト美術では、大きさは地位を表す。
足元に描かれた子どもたちは、王妃としての正統性の象徴だ。

こんな巨大な神殿が、湖の底に沈んでいたかもしれない。

それもロマンかもしれない。
でも、いまこうして存在している。

目の前に立ち、圧倒され、また涙がこみあげる。

ようやく実感した。

わたしはいま、本当にエジプトの地を踏んでいる。

ここに至るまで、いろんなことがあった。
でも、その全部があったから、この瞬間がある。

もし死ぬ前に走馬灯があるなら、
きっとこのアブ・シンベルがサムネイルになるだろう。

vol.7につづく。

投稿者プロフィール

fumie
金沢生まれほぼほぼ金沢育ち。28年間英会話講師を務め、長年の夢だった全国通訳案内士の資格を取得。金沢を訪れる海外からの旅行者をアテンドしています。趣味は、英語学習。留学経験なしの「純ジャパ」で英検1級、TOEIC970点を取得した経験を生かして英語学習者に役立つ情報とガイドの仕事で得た地元・金沢の情報とその魅力を紹介していきます。

この記事を書いた人

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金沢生まれほぼほぼ金沢育ち。28年間英会話講師を務め、長年の夢だった全国通訳案内士の資格を取得。金沢を訪れる海外からの旅行者をアテンドしています。趣味は、英語学習。留学経験なしの「純ジャパ」で英検1級、TOEIC970点を取得した経験を生かして英語学習者に役立つ情報とガイドの仕事で得た地元・金沢の情報とその魅力を紹介していきます。